「市場の健全な競争は、10年単位での動きも見て考えていくべきもの」スマホ新法施行への道のりと未来【公正取引委員会に聞くスマホ新法(前編)】

河崎 環
河崎 環
2025.12.08
「市場の健全な競争は、10年単位での動きも見て考えていくべきもの」スマホ新法施行への道のりと未来【公正取引委員会に聞くスマホ新法(前編)】

目次

2025年12月18日に施行予定の「スマホ新法」。いよいよ全面施行を前にして、注目を浴びています。正式名称は「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」という通り、実はスマホそのものというよりもソフトウェア、つまりスマホアプリの設計に大きく影響し、私たち消費者の選択肢を広げるという、スマホの中身の未来を変える出来事なのです。

アプリ開発者はもちろん、エンドユーザーである私たちの日常生活にもはや欠かせないものとなっているスマホアプリは、スマホ新法施行によってどう変わるのか? ユーザーにとって、どのような変化とメリットがもたらされるのか?

今回は、スマホ新法運用を担当する行政機関である公正取引委員会の事務総局 官房参事官(デジタル担当)・鈴木健太さんにお話をうかがいました。

そもそも「公正取引委員会」とは?

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「公正取引委員会って、固そうな名前ですし、よく知られてないんですよね」。英語で“Japan Fair Trade Commission”と胸に書かれたパーカーを着た官房参事官の鈴木健太氏は苦笑した。公正取引委員会(以下、公取委)とは経済産業省や厚生労働省などの他省庁と同じ、霞ヶ関に本拠を置く国の行政機関の一つ。だが少し特殊な点は、内閣府の外局という位置付けにあり、内閣総理大臣により国会の同意を経て任命された委員長と4人の委員の計5名で構成される合議制の独立行政委員会として、違法行為の取り締まりなどにおいて政治的な影響を受けないことだ。

その大きな活動目的のひとつは「市場における健全な競争を促進し、消費者の皆さんの利益になるような環境を整備すること」(鈴木氏)。企業による入札談合や価格カルテルなどの違法行為の審査、摘発が公取委の役割であり、まさにそういったニュースの中で独占禁止法などといった言葉とともに、公取委の名前を聞くことが多いのではないだろうか。

入札談合やカルテルに関しては、“申告”(通報)などの形で情報提供を受けて行政調査、聴取することも多いが、公取委が自主的に“職権探知”して取り締まることもある。先述のように独立して職権を行使する組織であるため、他から指揮監督を受けることなく事実関係を把握し、まさに名前の通り“公正”な判断のもと、違反企業には排除措置命令(違反行為をやめさせる)や課徴金納付命令(違反行為によって得た不当な利益を国庫に納めさせる)などの行政処分を行う。

いまや1,000人近くの職員を擁する公取委は、公正かつ健全な市場競争を促す市場の番人であり、昨今は重要性の高まりから予算や人員がますます強化される状況にある。その公取委が7年間に及ぶ検討を経て2024年6月に立法へ漕ぎ着け、いよいよ本年12月18日の全面施行を待つのが「スマホ新法」なのだ。

7年越しで策定、「スマホ新法」が消費者の選択肢を拡大し、競争とイノベーションを活性化させる?

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スマホ新法の正式名称は「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」。スマホの中のモバイルOS、アプリストア、ブラウザ、検索エンジンに関する新ルールを設定するもので、各ソフトウェア(検索エンジンにおいては検索エンジンを用いた検索役務)の月間平均利用者数が4,000万人以上の事業者(指定事業者)を対象とする。

その利用者規模の大きさからも察せられるように、実はこの指定事業者というのが、私たちが毎日のようにパソコンやスマホでそのサービスや商品を使い、市場であまりにも大きな存在感を放つ、米国のいわゆる“ビッグテック”企業のうち2社——Apple(およびその子会社であるiTunes株式会社)と、Google——だ。

AppleやGoogleの何が問題なのか、という素朴な疑問もあるかもしれない。「スマホアプリの中でも、OS、アプリストア、ブラウザと検索エンジンという重要な根幹領域で、ごく少数の事業者がサービスを提供する状態にあることで、他社が自由に参入できない、またアプリストアにおける手数料の高さなど、指定事業者(AppleとGoogle)との取引条件に不満を持っているというご意見を公取委でも以前から寄せていただいていたのです」と、鈴木氏はスマホ新法策定へのきっかけを語る。

2社の寡占問題を指摘する声は、2010年代中盤から世界的なスマホ普及が加速し、いわゆるGAFAM企業の巨大化が認識されるにしたがってどんどん大きくなっていった。「公取委だけでなく、経済産業省、総務省や内閣官房のデジタル市場競争本部などにもいろいろ声は届いていたんです。政府の成長戦略も踏まえ、2018年頃から議論を始め、実態調査やヒアリングをした結果、やはり問題はあるだろう、4つの特定ソフトウェア(モバイルOS、アプリストア、ブラウザと検索エンジン)が関わる競争環境を改善する必要あり、との結論に達しました」(鈴木氏)。

従来の独占禁止法の適用だけでは、この相互に複雑に絡まった市場の構造的な寡占を取り締まることはできない。公取委、経産省、総務省等が新しいルール作りに関わり、多岐にわたる事業者の意見も反映しつつ様々な行政機関とも連携しながら条文案を策定し、施行後の運用と執行は公取委が担当することとなった。7年越しの立法につながった。

ブラウザや検索エンジン、アプリ配信の寡占状態や決済手段の制限の問題を解決し、消費者の選択肢を拡大し、競争とイノベーションを活性化させることが大きな狙いだ。しかし、AppleやGoogleというあまりにも巨大な世界的IT企業に対し、日本の法律が規制姿勢を強めて日本市場での公正な競争を促進するなんてことが、本当にできるのだろうか。

「“後追い”というのは誤解」EUのデジタル市場法との関係は。3年後めどで見直しも予定

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ビッグテックに対する規制と聞いて、EUのデジタル市場法(DMA: Digital Markets Act)を想起する人も少なくないだろう。スマホ新法はまさに日本版DMAにあたるものと考えられるが、鈴木氏の説明では二者は根底にある問題意識の共通性はあるものの、別々に発生したものだという。

「よくある誤解として、日本のスマホ新法はEUのDMAを後追いで真似したように思われていますが、あくまでも日本国内で内発的にできたものです。もちろん、対象事業者がグローバル企業ですから、海外当局とも意見や情報の交換をしていました。結果的にDMAとの類似点というか、同じ問題について扱っている部分はありますが、私たちは別物であるとの認識です。世界的な動きがほぼ同時進行だったのです」(鈴木氏)

EUで先行したDMAは対象となる企業(ゲートキーパー)も多く、AppleとGoogleに限らず、MetaやMicrosoft、Amazonなども含むが、日本のスマホ新法の指定事業者はAppleとGoogleのみという点でも構えに違いがある。「対象も問題も、速やかな対応が必要なものを特定して絞りをかけています」と鈴木氏。もっとも、スマホ新法は3年後をめどとして見直しのための検討を予定しており、有識者による検討会では、現在はスマホに限定しているものの、PCやタブレット、ウェアラブル端末など、デバイスを広げることも検討するべきであるとの提言があったという。

対象ソフトウェアも現状では4つに限られているが、SNSや、法律策定の時点では生まれていなかった生成AIなどの重要性も認識しており、デジタル分野における公正な競争のために何が必要か、今後の運用を踏まえて検討する見込みだ。「市場の健全な競争は、すぐに変化が生まれるならそれに越したことはありませんが、10年単位での動きも見て、考えていくべきものであると受け止めています。不十分なところがあればそれに加えて規制を足していくことも考えられます」と、鈴木氏は付け加えた。

OSの機能開放、EUでは抵抗や機能制限も……日本ではどうなる?

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DMAとの大きな違いはもうひとつ、スマホ新法は「セキュリティの確保などを正当化事由にしている」ことだ。これは、子どもたちの保護やプライバシーの保護、サイバーセキュリティの確保、犯罪行為の防止など、ユーザーの安全確保を達成するためなら、例えばスマホ新法の求めるOS機能の市場開放を行わない理由として正当化できる、というもの。

「正当化事由が認められる場合は、市場開放に応じなくても問題にはなりません。スマホ新法は、DMAよりも幅広い目的についてこれを認め得るものとなっています。また、OS機能の提供についても、EUは無償で提供すべしとしていますが、日本は各社の開発コストを認めて有償化は否定しておらず、その点でも合理的です」(鈴木氏)

OS機能の開放とは、“サイドローディング(サードパーティーによるアプリストア)解禁”、“アプリ内での決済方法の選択肢の拡大”、“アプリ外決済解禁”に並ぶ、スマホ新法のもうひとつの大きな要素だ。

OSには、通信機能、音声入力機能、位置情報の測位機能などの機能がたくさん組み込まれている。AppleやGoogleは、自社の新しいアプリの開発にはこれを自由に利用しているが、他の事業者には自由に開放されないことがあるため、新しいアプリや端末の開発に格差が生じている。他の事業者もAppleやGoogleと同じ性能でOS機能を使えるように求めるのがスマホ新法の“OS機能の開放”だ。

ところが、EUのDMAは無償での開放を求めたために企業側からの抵抗があり、結果としてスマホの一部機能制限が起きている。AppleやGoogle側にとっては当然、開発コストをかけた知的財産権があり、日本のスマホ新法としては、指定事業者側が正当な権利行使の一部としてパテントを理に適った範囲で有料にすることは禁止されない。また先述の通り、セキュリティの確保やプライバシー保護を正当化事由として認めるのも日本のスマホ新法の特徴となる。

有償とされたOSパテントの価格が不当に高くないか、機能の提供までの期間が長すぎないか(引き伸ばし)などの評価は、法律の施行後、個別の事例ごとに評価する方針だ。

⇒後編記事、「『アプリ外決済』の現在と展望」は、明日12月9日公開予定です。

※本記事は2025年11月11日時点の情報です。

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